カウンセラーの自己開示
「このカウンセラーはどんな人なんだろう?」
「結婚してるのかな?子どもはいるのかな?」
「きちんと経験を積んでいるのだろうか?」
「私の話を聴いて、本当はどう思ってるんだろう?」
カウンセリングや心理療法を受けている方は、自分の担当者についてこのような考えが浮んでくるものです。
相談内容に対応できるような経験を積んできているのかどうか。子育て相談であれば、子どもを育てたことがあるのかどうか。夫婦関係の相談であれば、既婚者かどうか。時間とお金を使っていらっしゃるのですから、カウンセラーが期待に適う人物かどうか気になるのは当然です。
たとえ専門家として知識技術は十分だと思えたとしても、一人の人間としてどう思っているのだろうと気になったりもします。普段は人に言わないような恥ずかしい話やつらい話をするのですから、聴き手であるカウンセラー・セラピストがどう思っているか気になるのは自然なことだと思います。
このように、カウンセラー・セラピストの個人情報、沸き起こった内面的な反応をクライエントに明かすことは「自己開示」と呼ばれます。精神分析では、自己開示はあまり良くないとされていますが、第1回目のブログでも述べたように、すべての自己開示が許されないとは、私は思いません。
カウンセリングや心理療法の目的は、患者・クライエントが抱えている生きづらさや困りごとをやわらげることにあります。その目的に貢献するような自己開示があるとしたら、カウンセリング・心理療法の原則よりも優先すべきだろうと考えます。
それでは、カウンセリングや心理療法の目的に貢献する、カウンセラー・セラピストの自己開示とはどのようなものでしょうか。
近年、自己開示にはカウンセリングや心理療法を効果的にするさまざまな側面が認められていますが、今回、取り上げたいのは、クライエント自身の自己開示を促進するという側面です。カウンセラー・セラピストの自己開示を見ることによって、クライエントは自己開示の方法を学び、普段は人に隠していることを打ち明け、心のうちを話してみようという気持ちになるわけです。
重要なのはカウンセラーへの「信頼感」
自己開示には大きく分けると二種類あり、それは「表面的自己開示」と「内面的自己開示」です(田中・梅本,2013)。「表面的自己開示」とは好きな食べ物・歌手・俳優など内面性の低い自己開示で、「内面的自己開示」とは社会状況や思想についてどのような考えを持っているのかという内面性の高い自己開示を意味しています。
これらの自己開示をする際には、相手が自分に似ていることが影響します。「この人も一緒かな?だったら分かってくれるかもしれない」という期待が必要なのです。しかし、ただ似ているだけではカウンセリング・心理療法を進展させる自己開示にはつながりません。
田中・梅本(2013)の研究によると、人が表面的自己開示と内面的自己開示の両方を積極的に行うようになるためには、ただ相手が似ているだけではなく、「信頼感」が媒介変数として機能する必要があります。信頼感を媒介しないと、内面的自己開示は行われず、表面的自己開示にとどまります。
つまり、カウンセラー・セラピストがクライエントと類似した属性(年齢、性別、婚姻歴、子どもの有無など)や類似した思想を持っていることを開示するだけでは、クライエントは心のうちを話そうとは思わないのです。カウンセラー・セラピストへの信頼感が重要です。
それでは、カウンセラー・セラピストへの信頼感を高める自己開示、信頼感を減じる自己開示とはどのようなものなのでしょうか。
カウンセラーは何を話すべきか・話すべきでないのか
Danish et al.,(1980)はカウンセラーの自己開示を「Self-involving」と「Self-disclosing」の2種類に分類しました。
Self-involvingとは、クライエントの話に対して沸き起こったカウンセラー・セラピストの感情や反応を伝える「今、ここ」に焦点を当てた開示とされています。Self-disclosingとは、カウンセラーの個人的な経験や体験を伝える過去に焦点を当てた開示とされています。
田中(2013)の研究によると、Self-involvingはカウンセラーに対する好意感と専門性を高く評価する効果があることが見出されました。一方でSelf-disclosingはカウンセラーに対する好意感を高める効果はあるものの、信頼感を抑制する効果があることが示唆されました。
つまり、カウンセラー・セラピストが個人的に経験した過去の体験を伝えることは、信頼感を減じることにつながってしまい、クライエントの自己開示にはつながりにくい、ひいてはカウンセリング・心理療法の進展にはつながりにくいと考えられます。
心理相談室のウェブサイトの中には、カウンセラー・セラピスト自身が精神的・心理的に大変な時期があったけれど、克服した体験によってクライエントの役に立つカウンセリングができると謳っているものもあります。
しかし、上記の研究を踏まえると、このような自己開示をしてもカウンセラー・セラピストへの好意感が高まり、「ちょっと行ってみようかな」とは思っても、肝心の信頼感は高まらず、そこでのカウンセリングや心理療法はうまく進まない可能性があるのではないかと危惧されます。
また、クライエントの中には、自分の悩みごとについてカウンセラー・セラピストの個人的経験からアドバイスしてほしいと思う方もおられるでしょう。例えば、子育ての悩みを抱えている方は、子育て経験のあるカウンセラーに体験を話してほしいと思うことがあります。
しかし、上記の研究から、そのようなことをしても結果的にカウンセラー・セラピストへの信頼感が減じてしまい、アドバイスを活かす気にはならないかもしれません。
つまり、カウンセラー・セラピストが面接場面で自分に沸き起こった感情や反応を開示することは、カウンセリングや心理療法の進展を阻害しない可能性が高いので、開示することによって信頼感が高まりそうな時は積極的に行うべきでしょう。
逆にカウンセラー・セラピストの過去の個人的体験を開示することは、ほとんどの場合、控えるべきだと考えられます。
「分析の隠れ身」は嘘?(いいえ、そうとは言いきれません。)
このブログを読んでくださっている、過去にカウンセリング・心理療法を受けてきたクライエントの中には「私の担当者は面接中の気持ちを自己開示してくれなかった。間違ったやり方だったんじゃないか」と思われる方もいるでしょう。あるいは、カウンセラー・セラピストの中には、「『分析の隠れ身』を守ろうと、自己開示を控えてきた今までのやり方は悪かったのだろうか?」と思われる方もいるかもしれません。
しかし、必ずしもそうとは言えないと思うのです。
田中(2013)によると、Self-involving群のほうが統制群(自己開示しない群)よりも有意に高い専門性を示しました。たしかに、クライエントから自己開示を求められたときに黙っているよりは、自分に沸き起こった感情や考えからクライエントの理解に資する発言ができたほうが、より専門家らしいカウンセラー・セラピストに見えるでしょう。
しかし、カウンセリングや心理療法の経過によっては、カウンセラー・セラピストが容易に内面を自己開示することができない場合もあります。陰性の逆転移やあまりに個人的すぎる逆転移が生じている時には、容易に自己開示することで、面接が破局的になってしまうことがあるのです。
そういう時、カウンセラー・セラピストは内面を簡単に吐き出してしまうのではなく、自分の内側で抱えてよく吟味し、クライエントが受け止められる形になるまで熟成させることがあります。
また、信頼感においては、Self-involving群と統制群の間に有意な差はみとめられませんでした。クライエントの表面的・内面的自己開示を促進する媒介要因として、信頼感は見出されていますが、今のところ専門性が見出されているわけではなようです。
つまり、「分析の隠れ身」と呼ばれる自己開示を極力控える姿勢は、クライエントからは専門性に欠ける態度に見えることがありますが、複雑な経過の中で、クライエントを傷つけず、面接を安全に進めていくために致し方ない場合もあり、そしてそれは、自己開示をする場合に比べて大きく信頼感を損ねるものではありません。
それに、Self-involvingの効果に関するこの研究は短期的な効果を測定したものであり、長期的にどのような影響があるかはまだ分かっていません。精神分析の技法は長期的な治療経過の中で、あるいは終結後も効果を現すと考えられています。「分析の隠れ身」の効果については、別の研究デザインによって明らかにされるべきでしょう。
結局のところ、カウンセラー・セラピストの過去の個人的体験を開示することは控えるべきですが、カウンセラー・セラピスが面接場面で自分に沸き起こった感情や反応を開示することについては、ケースバイケースということになるのではないでしょうか。
【引用文献】
Danish, S. J., D'Augelli, A. R. & Hauer, A. L. 1980 Helping skills: A basic training program. New York: Human Sciences Press.
田中健史朗 2013 カウンセラーの自己開示内容がカウンセラーの印象評価に与える影響 カウンセリング研究,46,18-25
田中健史朗・梅本貴豊 2013 類似性が自己開示へ与える影響―類似面の差異に注目して― カウンセリング研究,46,197-206.