カウンセリングオフィス開業にあたって(後編:なぜ個人開業なのか)

南町田カウンセリングオフィスは私、児島がひとりで運営しています。開業を考えはじめた頃から、ひとりで開業すると決めていました。もし自分がクライエントだったら、プライベートなことを話すにはプライベートな場が良いと思ったからです。

 

しかしこのような感覚は理解しにくいという方もおられるでしょう。いや、そのような方が大半を占めるかもしれません。今の世の中、私たちは社会的に提供されるサービスに囲まれて暮らしています。高齢者の見守りでさえセキュリティ会社にまかせることができるほどです。安定した経営母体に守られ、洗練された大きな組織に身を預ければ、大船に乗った気持ちで安心できる、そのように思ってサービスを検索する方も多いでしょう。

 

複数人のカウンセラーが勤務する法人で、初回面接の際に「個人開業でない相談室を探した」とおっしゃる方によく出会いました。その方々の気持ちは理解できます。カウンセリングの申し込みをするのは、ただでさえ勇気のいることです。カウンセラーに悩みを理解してもらえないのではないか、お金と時間と労力を使っても無駄になるのではないか、不本意に継続させられ搾取されるのではないか・・・。さまざまな不安がよぎることでしょう。複数人のカウンセラーがいれば間違いは起こりにくいだろうと考えて個人開業を避けるのは、無難な選択のように思われます。

 

しかしこの「大船」というイメージはどの程度妥当でしょうか。複数人が運営していたとしても、所詮は人のやることです。ミスが起こらないわけではないですし、組織の中で力を持つ人の考えによって運営の方針は変わってきます。少しでも組織で働いた経験のある方であれば実感のあるところではないでしょうか。

 

結局のところ、運営している人物に信頼が置けるかどうかにかかってくるわけで、それは組織だろうが個人開業だろうが変わらないと思うのです。どのようなサービスにおいても「有名だから」「大きな会社だから」という安易な理由で選択するのではなく、どのような理念を持つ会社なのか、自分たちの利益だけではなく利用する人のことを考えているか、従業員が不利な条件で働いていないかなど広い視点で検討することで、運営者に信頼を置けるかどうか測ることができますし、社会全体のサスティナビリティにもつながると思われます。サービスを選ぶユーザー側も賢くなる必要があるのではないでしょうか。

 

確かに個人開業では「大船」感は減りますが、それは上記のように表面的な問題にすぎないように思います。むしろ大きな組織より担当カウンセラー・セラピストの考え方や姿勢が見えやすいという点では、判断材料が多いと言えるでしょう。

 

個人開業の利点としては、静かでプライベートな空間が確保されているということが挙げられます。

 

これは私がカウンセラー・セラピストとして経験していたことですが、防音設備が十分ではない複数人による相談室では、隣のカウンセリングの声が聞こえる場合があります。カウンセリング中に次のクライエントが玄関のドアを開ける音が聞こえることもあります。ドアの前で立ち止まれば、中で自分の担当カウンセラー・セラピストが別のクライエントと話している声が聞こえることもあります。待合室で知り合いにバッタリ会ってしまうかもしれません。

 

自分だけの時間、自分だけの空間。そう思える場がしつらえられて初めて、誰にも話せない秘密、自分でも気がつかなかった感情、忘れていた記憶、そういったものに出会えるのではないかと思うのです。

 

カウンセラー・セラピストにとっても、自分ひとりで運営するオフィスでは、クライエントの微妙な感情の機微、言葉にならない想い、自分自身の逆転移に気がつきやすいものです(藤山,2003)。そうして、クライエントの語りや佇まいに向けられたカウンセラー・セラピストのセンサーが受け取ったものはすべて、クライエントの自己理解、心理的成長、問題解決などのために使われます。カウンセラー・セラピストにとって仕事がしやすい場は、クライエントにとっても利益を生むと言えるでしょう。

 

共同経営ではなく個人開業を選んだ理由はそこにあります。クライエントにとって周囲を気にせず安心して語れる場であり、カウンセラー・セラピストにとって仕事のしやすい場であることによって得られるメリットは非常に大きいように思えました。プライバシーの守られた静かな空間で、来室される方おひとりおひとりを心を込めてお迎えしたいと思っています。

 

【文献】
藤山直樹(2003) 精神分析という営み 176-193




2021年01月11日